ここ数年やらなければならない仕事の多さに余裕がなくなり、私の中の働き方改革で作るのをやめてしまった学級通信。ですが保護者の方にクラスの取り組みを伝えたり、学級経営に活用したり、メリットがあるのも知っています。私なりの作成のポイントは次の4つです。
- タイトル
- だれに向けて書くのか
- ネタ探し
- 注意点
タイトル
その学級を持つときの自分の気持ちに従い、ネット検索で出てくるタイトル例を参考にしながら「こんなクラスになってほしい」と願いを込めてつけるようにしています。学級開きで初めて子どもたちに配布して読むときには、タイトルに込めた願いも一緒に伝えます。
だれに向けて書くのか
その時に書いている内容やクラスの雰囲気によって変わることもありますが、私はだいたい次のように考えています。
1.2.3年…保護者向け だけど 子どもたちにも読んであげる
低学年を担任すると保護者の方によく言われるのが、「子どもが学校でのことを話してくれないのでどう過ごしているのかよくわかりません。」ということ。いろいろ聞き出そうとしても話すことが苦手な子どもは途中で面倒になってよく「わすれた!」と言ってしまいます。そういうこともあるので、低学年を持つときは学校での子どもたちの様子や私自身の思いを保護者に伝えることを目的に学級通信を作成します。保護者向けなので文章には漢字も普通に使いますが、子どもたちに配布する時には子どもたちにも聞いてほしい部分を読んであげます。
1年生36人のクラスを担任したある年のこと。学習規律がなかなか整わず授業を進めるのが大変、子ども同士のトラブルも多くて、教員になって3度目の1年生にも関わらず6月には学級崩壊の不安が頭をよぎるほど、学級経営に困難を感じるクラスでした。ですが「トラブルの多いこのクラスの様子を子どもから聞いたらお家の人は心配になるだろう。」と、この年も学級通信を出し続けました。休み時間に楽しそうに遊んでいる様子や給食中にみんなで笑った会話の内容、クラスで起こったトラブルやその話し合いのことなどを取り上げ、教室では叱った出来事についてもそれをきっかけに成長してほしいという願いを一緒に書きました。毎日へとへとになるほど疲れ、やっとの思いで終えることができた1年生でしたが、不思議と保護者からのクレーム対応に時間や神経を削られることはありませんでした。校内の先生方の力も借りて規律を整えていけたのは大きかったですが、クラスで起こったトラブルについてポジティブに捉え直して学級通信で発信していたことも功を奏したのではないかと思っています。
4.5.6学年…子どもたち向け
中学年からは学級経営に活用すべく、子どもたちに向けて書くので文章の漢字にはルビを振ります。ですが、保護者の方が読むことも想定して作成するのを忘れてはいけません。
低学年のように日々の出来事を載せることもありますが、日々の学習や取り組みの中でみんなに伝えたいメッセージを込めます。大きな行事の振り返りなど、その場面場面で言葉で伝えることも大事ですが、あえて学級通信という紙面で伝えることでより子どもたちの心に残る伝え方ができると思います。
私が高学年を持つ頃には学級通信を出さなくなってしまったので、具体的なエピソードはここに書くほどのものはありません。ですが同僚の中には、いじめ問題をきっかけに学級通信を出してクラスを変えようと頑張っている人もいました。
ネタ探し
子どもの日々の様子
出来事をただ書き連ねるのでは面白くありません。教員になりたての頃に参加した「なにわ作文の会」の土佐いく子先生の勉強会で教わったのは、「子どもことばを拾う(メモする)」ということ。子どもの豊かな感性が現れる「ことば」は宝物であると。子どもたちの生きたことばを使うことで文章がただの報告ではない面白いものになります。それは作文と同じです。学級通信で自分のことばを取り上げられた子どもは「自分の言ったことが学級通信にのっている!」と嬉しい恥ずかし気持ちが表情に出て隠せません。教室のみんなでその顔を見るのも楽しいものです。
行事やさまざまな取り組み
遠足や運動会などの大きな行事はもちろん、ゲストティーチャーや他学年との交流などいつもと違うことがあるとネタにしやすいです。学級通信を出すと決めた年はとにかくいろんな写真を撮っていました。感想や振り返りなど、子どもたちの声も一緒に載せると充実した学級通信になります。
学習内容・ノート・感想
低学年では縮小した生活科の観察カードをよく載せていました。子どもの絵があるので見栄えがするし、今学習している内容の紹介にもなります。教科に力を入れているなら、その学習の振り返りや感想など載せるのもいいかもしれません。国語の学習で作った詩や作文(日記)は子どもの感性や個性が伝わるのでよく載せました。近頃は個人情報の扱いが厳しくなっているので、管理職と相談したり学校での取り決めを確認する必要がありそうです。
自由帳
子どもの描く絵はかわいいものです。低学年ではよく自由帳をコピーさせてもらって学級通信に貼り付けていました。子どもたちも学級通信に自分の絵が載るのは嬉しいものですし、今日は誰の絵だとかこの絵は上手いだとか言いながら、配布時にはいつも盛り上がっていました。自信作が描けたときには「先生、これ学級通信に載せて~。」と持ってくるのもかわいいです。
注意点
1年間継続すること
学級通信を出すと決めたら「月に1度でもいいから1年間出し続ける」をモットーにしていました。ネタを探し、文章・レイアウトを考えて作成する作業は地味にプレッシャーとなり疲れます。ですが自己紹介の第1号だけで終わるのは学級通信と言えないと思いますし、途中でペースダウンして尻すぼみになると、疲れやサボりの印象を与えてしまいそうです。なので私は回数は少なくても同じペースで同じような濃さの内容で学級通信を出し続けることを自分との約束事にしていました。
関わりのある先生方にも配ること
決裁をお願いする管理職のほかにも学年団の先生には必ず読んでもらえるよう渡します。図書・保健・支援の先生など、クラスの子たちに関わる先生にも場合によっては渡していました。クラスの様子を知って頂くことのが目的ですが、内容のチェックも兼ねることができます。それについては次のポイントに書きます。
保護者が心配になるような内容ではないか
まだ若かりし私が4年生のクラスを担任した年のこと。クラスでの「いじめ」につながるトラブルがあり、みんなで話し合ったことについて私の思うことを交えて学級通信にしたことがあります。その日のうちに原稿を書き上げ、翌朝に印刷をして学年団の先生の机にも置いたところ、学年付きだった大ベテランの先生からストップがかかりました。「子どもたちに伝えたいあなたの思いはわかるし、子どもたちを見ている同じ職員の間でならクラスが心配ないのも分かる。だけど、この文章だけを読んだら保護者はかえって心配になる。」と。そんなわけで、この号は配布することなくお蔵入りとなりました。自分の文章を読んで頂くのは作文を読まれるようでなんだか気恥ずかしいものですし、せっかく思いを込めて書いたものがボツになってその時は残念な気持ちもありましたが、未熟な私の暴走を止めてもらえたので良かったと思っています。
そしてここから得た教訓があります。
夜に書いたものは時間を置いて冷静な頭で読み直さなければならない
昔、高校で教わった国語の先生が仰っていました。「夜に詩を書くとどんどん言葉が湧きあがってきて、いい詩ができた!私って天才!と思うのだけど、翌朝冷静になった頭で読んでみるとものすごく恥ずかしくなる。昨日の私はこんな恥ずかしいものを書いて、何故あんなに良いものができたと酔いしれていたのかと思う。」と。人間、夜は感情的になりやすいのだそうです。
発行数より内容が大切
同僚に学級通信を毎年100号ほど出しているという先生がいました。ですが子どもの学習ノートやプリントを全員分コピペして載せているだけのことも多いようで、「そんなものを頻繁に出しても意味がない。」と管理職やベテランの先生からズバリと忠告を受けておられました。その先生なりのお考えがあるのかもしれませんが、もしも「学級通信を100号出す!」みたいな自分の目標のためにやっているのだとしたら、それはただの自己満足で紙とインクの無駄遣いです。
一方で別の先生の5年生のクラス1年分の学級通信集を見せてもらったことがありますが、そちらもかなりの号数であったものの、1号1号まるで子どもたちへのお手紙のようにメッセージが込められていて、それこそ「すごいなぁ!」と感激したものです。昔はそんな先生もきっとたくさんいらっしゃったのでしょうが、とにかく忙しい現在の学校現場です。せっかく学級通信を発行するなら少なくてもいいから渡す意味のある内容のものを作成したいものです。
おわりに
当たり前のように思われることも書き出すと案外長文になってしまいました。頑張って作った学級通信は1年分をまとめると一つの作品のように愛おしく、何年も後に見返すと当時のことが蘇る大切な思い出となっています。あれは若かったからできたことなのか、学級通信を出せるような余力の残る働き方を、そしてまだあたたかかったあの時代の空気感を取り戻したいと思う今日この頃です。

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